カワサキの場合
メグロ
戦後初の国産中間排気量車は1950年のメグロのJ型であった。これは1953年にはS型となり、その後カワサキとの提携後も売られたSGやSGTへと進化していく。
カワサキ
カワサキの250cc4サイクル単気筒エンジンの歴史は意外に古く、1954年に登場した空冷OHVのKH-1型(12ps/3,500rpm)を最初とする。
とはいうものの、これは単体のエンジンとして生産されたものであり、伊藤機関工業のIMC号、天野工業のRSY号、ロケット商会のロケット号に搭載された。
カワサキは1960年に戦前からの自動二輪の名門目黒製作所と業務提携を結び、1964年メグロSGT(18ps/165kg/\192,000)、そして1965年にはメグロSG(18ps/165kg/\182,000)などのOHV単気筒250ccモデルが発売されたが、その後は1977年のZ200(18ps/126kg/\240,000)まで、4ストロークの単気筒モデルはカタログから姿を消してしまう。
1978年にはZ200のエンジンをスケールアップして搭載したオフロードモデルKL250が発売され、このエンジンは1980年のアメリカンモデルZ250LTD(19ps/129kg/\283,000)や1981年のロードスポーツモデルZ250FS(20ps/131kg/\268,000)に転用される。
Z250FSは翌1982年に、排気量を246ccから249ccにアップして1ps向上させ、逆に重量は1kg減量させた。また内部にバランサーを装備した。
1985年のカワサキCS250(34ps/118kg/\389,000)も、オフロードマシンKL250R譲りの単気筒エンジンを使って仕立てられた強力で軽量のマシンだった。CSはカジュアルスポーツの意味であるが、水冷2軸バランサー付き4バルブDOHCエンジンをダブルクレードルのフレームに搭載した豪華なマシンである。
1992年5月カワサキエストレヤ(20ps/142kg/\450,000)が登場。古典的な趣きの空冷SOHCエンジンは完全な新設計。
スペックの割に走りは軽快で、クラブマン生産中止後はエストレアの独壇場である。