ホンダの場合
最初の250cc
ホンダ250ccオートバイの歴史は、1955年にホンダ初のSOHC単気筒エンジンを積んで発売されたドリームSA(10.5ps/171kg/\192,000)に始まり、翌1956年には高出力化と低重心化を果たしたドリームME(14ps/174kg/\192,000)へ進化する。
しかし、この頃から他社の2気筒2サイクルマシン(1957年、ヤマハYD1/14.5ps/140kg/\185,000、スズキコレダ250TP/18ps/\205,000)が台頭し始め、力強い走りで人気を呼ぶ。
これらに対抗するため、ホンダも2気筒化の道を選んだため、この後、1972年にホンダ量産車初の4バルブSOHCエンジンを搭載したオフロードモデルSL250Sが登場するまでの約15年間、4サイクル単気筒の250ccマシンはホンダのラインナップから消えてしまう。
2気筒時代
1957年にホンダ初の2気筒SOHCエンジンを積んだドリームC70(18ps/153kg/\169,000)が発売され、翌1958年にはセルモーターが装備されたC71(18ps/158kg/\172,000)や、ホンダ初のスポーツモデル、ドリームスポーツCS72(20ps/158kg/\182,000)へと進化する。
そして1959年には、ドリームスーパースポーツCB72(24ps/153kg/\187,000)が発表された。このCB72こそ、国産初の本格的250ccロードスポーツと言ってよい。
CB72は、1968年のCB250(30ps/160kg/\187,000)、1973年のCB250T(27ps/172kg/\246,000)へと引き継がれていくが、1975年の中型限定二輪免許の制定により、売れ筋は免許枠いっぱいの400ccモデルへと移り、1977年のCB250T
HAWK(26ps/178kg/\299,000)は、CB400T HAWK2(40ps/181kg/\319,000)の「お下がりモデル」であった。
この傾向はホンダ以外の各社においても同様であり、その結果、250ccロードスポーツは「車検はないが、重くて魅力もない」クラスとなってしまった。
そんな中、1978年にスズキから2ストローク2気筒のRG250(30ps/126kg/\279,000)、1979年にカワサキから4ストローク2気筒のZ250FT(27ps/153kg/\318,000)といった250cc専用設計のロードスポーツが発売されると、一挙に250ccクラスは人気を集め、ここに十分な市場があることがあきらかになる。
単気筒への再帰
250ccモデルが再び注目を浴びつつあった1980年、ようやくホンダからも250cc専用設計のロードスポーツ、CB250RS(25ps/125kg/\298,000)が発売される。
SL250Sに最初に搭載され、XL250を経てXL250Sで大幅に軽量化された4バルブ単気筒エンジンをベースに仕上げられた軽量ロードスポーツである。
CB250RSは、1981年にはセルスターターを装備し馬力も向上したCB250RS-Z(26ps/129kg/\328,000)がラインアップされ、高い人気を保った。
しかし、1980年にヤマハから発売されていた2ストロークのRZ250(35ps/139kg/\354,000)が大好評を博しており、そしてそのRZを撃墜するべく1982年、ホンダから4ストロークのVT250F(35ps/149kg/\399,000)がリリースされ、高出力競争が繰り広げられていく。
この高出力化の流れを受け、1983年春、さらなるハイパワーを目指して、単気筒ながら放射状バルブ(RFVC)のDOHCエンジンを持つCBX250RS(30ps/129kg/\368,000)が登場する。
このCBX250RSの派生モデルとして、GB250クラブマンは1983年秋の第25回東京モーターショーに参考出品され、同年12月に大きな変更もなく発売されたのである(30ps/130kg/\379,000)。
なお、RSは1985年、RFVC4バルブのSOHCエンジンを搭載し、軽量化を徹底したCBX250S(28ps/115kg/\329,000)へ移行し、クラブマンとの性格分けをよりはっきりさせていった。
単気筒の進化
1955年のホンダ初の250ccマシンSAから1983年のクラブマンまで28年が経過しているが、この間に馬力は10.5psから30psへと186%増加させ、重量は171kgから130kgへと24%減量させた。
この結果、パワーウェイトレシオ(馬力あたり重量)は16.3kg/psから4.3kg/psへと74%も小さくなっている。
また、当初は単気筒特有の大きな振動をいかに消すかに苦心していたが、クラブマンの時代になると、いかに心地よい振動を演出するかに神経を使うようになる。
つまり、設計のしやすさやコストの安さから、やむにやまれず単気筒マシンを製造していた時代から、乗り味を演出するために単気筒を選択する時代へと進化したのである。