鶏卵そうめん(フォイトーン)の話
ポルトガルから来た日本の三大和菓子の一つ「長崎の鶏卵そうめん」は、タイでは「フォイトーン」と呼ばれる。
これは、ジャスミンの香りを入れて煮詰めた砂糖水の中に生の卵黄を細くたらして作った錦糸卵を、ボール状にまるめた甘い菓子である。
この鶏卵そうめんは、現在では本家のポルトガルの他、日本とタイにだけ伝承されているが、その経緯は以下の通りである。
タイにフォイトーンを紹介したMarie Gimardの母方の祖母はポルトガル人で、キリシタン禁制のため日本から追い出され、キリシタン大名の血を引く日本人の祖父とベトナムまで逃げてきた。
そこで「もっと大きい日本人町がアユタヤにある」ということを聞き、アユタヤの日本人町に流れ着いた。ちょうど山田長政(?〜1630)の時代である。
それから母が生まれ、母はイスラムの信者であった父(日本人とイスラム系タイ人の間の子)と結婚し、Marieが生まれる。
つまり、Marieはタイ人の血が25%でポルトガルの血が25%、日本人の血が50%である。
Marieはアユタヤ朝の大臣にまでのぼりつめたギリシャ人フォールコン(1647〜1688)と結婚したが、権勢を奮い過ぎたフォールコンは反感を買い、処刑されてしまう。
Marieは夫の処刑後、ポルトガルに行こうとして役人につかまり、ポルトガル人町に2年間幽閉された(アユタヤ王朝時代の地図を見ると、ポルトガル人町と日本人町はメナム川の両岸に位置している)。
この幽閉中にフォイトーンの作り方を伝承されたという説もあるが、祖母から母を経由して伝えられたと考えたほうが自然であろう。
その後、Marieは召し出されて王室の製菓部長に任じられた。
これがタイにおけるフォイトーンの発祥である。
日本で買える鶏卵そうめん