Z650の開発
ホンダCB750Fourの大攻勢が続く1971年、「ニューヨークステーキ」T103(900cc)以後の4ストロークマシンを考えるためにアメリカで行われたセールスマン・セールスミーティングで、「2番目は650〜750ccの並列4気筒、CB750以上の性能でそれ以下の値段とすべきだ」
という意見が出された。
それを受けての合同会議で、「サーロインステーキ(500〜650cc4気筒、チェーンドライブ)」に関する研究が開始されることになった。
しかし、「ニューヨークステーキ」が完成して稲村チームの手が空かない限り、本格的な着手はできないため、研究を続けながら、その後1年間様子をうかがうことになる。
1972年6月7日、神戸でのZ1発表会の終わった次の日には、こんな会話が交わされたと『カワサキZ1開発物語』にある。
種子島「ベンさん、今度はSIRLOINかね」
稲村「うん、計画図やっとるんやが、NEW YORKやった時みたいなファイト湧かんなあ。湧きようがない。そうか言うてLOBSTERやHALIBUTはどうも好かんし」
一つの大きな仕事をやり終えたあとの倦怠ムードが感じられる言葉であるが、ここにはZ1の次にサーロインが控えていたことがはっきりと示されている。
ちなみに、「LOBSTER(ロブスター:えびの一種)」とは400〜500ccの4ストローク単気筒のオフロード車、「HALIBUT(ハリバット:ひらめ)」はホンダCB350に対抗するための、350〜400ccの4ストローク2気筒ロードスポーツ車のことである。
ところが、アメリカ市場の動向やカワサキ社内の方向転換などによって開発の優先順位は入れ代わり、実際にZ1に続いて翌年の1973年に市場に登場したのはサーロインステーキではなく、それより遅れて開発に入ったこのハリバットことZ400だった。
サーロインステーキ(Z650Four)の登場は、1976年3月に発表されたZ750Twin(750ccの4ストローク2気筒ロードスポーツ車。通称Tボーンステーキ)よりもさらに遅い、
1976年7月である。
Z2は国内市場で大人気ではあったが、先にも述べたように900ccのZ1をベースとしていたため、その走行性能は必ずしも車格に見合うものとはいえなかった。
そこで、サーロインステーキでカワサキが挑戦したのは「軽量・コンパクトなハイパワーマルチエンジン」の開発である。
このマシンの排気量が750ccではなく650ccとされたのは、国内専用とはいえ同じ4気筒750ccのZ2が存在したこと、また、2気筒の750ccマシンが用意されていたからと考えられる。
このエンジンは基本的にはZ1と同様のパワーユニット構造だが、組み立て式ではなく鍛造一体式のクランクシャフトが使用され、コンロッドは上下分割式、軸受けベアリングもニードルローラーベアリングではなくプレーンベアリングが採用されており、前作のZ1エンジンよりもずっと現代的なものとなっている。
しかしこのエンジンの最大の特徴は、その外観が、1968年まで開発が進められ、ホンダCB750Fourの出現によって開発中止を余儀なくされた、カワサキ最初のDOHC4気筒のN600(750cc)にきわめてよく似ていたことである。
具体的に言えば、角形のタペットカバーやシリンダーフィンの数が同一であり、寸法的な大きさやクラッチのレイアウトもほぼ同一に見えたらしい(小関和夫『カワサキ モーターサイクルズストーリー。』)。
つまりZ650は、ボア×ストロークおよび排気量こそ62×54mmの652ccとなったものの、カワサキ初のDOHC4気筒エンジンが、Z1・Z2という回り道を経てようやく実現したものと言えるのである。
これはまさしく、N600が目指したザッパーの具現化であり、その名を受け継ぐにふさわしいモデルの誕生であった。
| 全長 |
2,170mm |
| 全幅 |
850mm |
| 全高 |
1,145mm |
| 軸距離 |
1,420mm |
| 車重 |
211kg |
| 総排気量 |
652cc |
| ボア×ストローク |
62×54mm |
| 最大出力 |
64ps/8,500rpm |
| 最大トルク |
5.8kg-m/7,000rpm |
| 販売価格 |
\435,000 |
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